背取師という職業に対する憧れ

夜汽車にて ふと眼を覚ました
まばらな乗客 暗い電灯
窓ガラスに もう若くはない 僕の顔を見た

いますぐ 海を いますぐ 海を
見たいと 思った

(森田童子「海を見たいと思った」より)

僕は何かになれたのだろうか。

背取師、という仕事がある。
つげ義春氏の「蒸発」という作品をご覧になったことがあれば
ご存じの方もいるかもしれない。
全国の古書店を巡って、買い取った掘り出し物をまた別の業者に売り歩く、
という およそ堅気の仕事とは言い難い仕事だ。

15年ほど前、僕はこの仕事に強く惹かれるものを感じ、真似事じみたことを試みたことがあった。


現在でこそ、コミックやアダルト雑誌のおかげで、
古書店という存在にも随分明るいイメージが定着しつつあるが、
その頃はまだ、鬱蒼とした、独特の雰囲気が依然として強かった。
当時の僕は、その退廃的な世界に埋没してしまいたいという衝動にかられ、
自分自身を投げ込んで行ったように記憶している。

ところで、古書の掘り出し物など、なにも知らない素人の僕に簡単に見つかる筈などなく、
それ1回きりで、諦めざるを得なくなってしまったのであるが
今になって振り返ると、結局僕は何になりたかったんだろう、本当に背取師などに
なりたかったんだろうかと、考えることがある。
その職業を初めて知ったとき、あまりの退廃的な言葉の響きに
強く心を動かされたことを覚えている。
何故だろう。

いつの間にか、すっかり大人になってしまった僕は、結局その答えを見つけられずにいる。
現在では、生きていく上で、必要最低限の糧とする職業を持ってはいる。
そして、自分を全く違った仕事をしている様に演出をして、ひとり楽しむといった、
少し風変わりな遊びも覚えてしまった。
これもまだ僕が、迷える旅の答えを見つけることができないからなのだろうと思う。

そして、いつの日か、僕は何処に行くんだろう。


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